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July 04, 2012

コラム:リーマン危機前夜に似た国際マネーの流れ=熊谷亮丸氏

熊谷亮丸 大和総研 チーフエコノミスト

[東京 3日 ロイター] 6月17日のギリシャ再選挙では、緊縮財政派の新民主主義党(ND)が勝利し、同党を中心とする連立政権が発足した。「ギリシャのユーロ圏離脱」の可能性がひとまず低下したことを受け、国際金融市場では株高・ユーロ高がいったん進行した。

確かに「最悪の事態」は回避されたが、結論としては、欧州ソブリン危機が解決したとの見方は時期尚早であり、今後も不安定な状態が続く見通しである。

欧州ソブリン危機が日本経済に与える影響に関する大和総研のシミュレーションによれば、最悪のケースでは、わが国の実質GDPは4%以上押し下げられるリスクがある。試算結果については、相当程度の幅を持って見る必要があることは言うまでもないが、今後、欧州ソブリン危機が深刻化した場合、日本経済がリーマンショック並みの打撃を受ける可能性があり、要注意である。

本稿では、グローバルなマネーフローの動向に焦点を当て、この危機が再度深刻化した場合のリスクシナリオについて考察したい。

<最大のリスクは日米長期金利の上昇>

まず強調したいのは、2008年9月に発生したリーマンショックや、今回の欧州ソブリン危機のような深刻な金融危機が発生すると、グローバルなマネーフローは「逆流」を起こす傾向があるという点だ。

現在のグローバルなマネーフローは、リーマンショック前夜の2007年と非常に似通った特徴を有している。統計上確認できる最新の2012年第1・四半期時点でのマネーフローをみると、その特徴は以下の4点に集約できる。

第一に、米国への資金流入という面では、日本、アジア、英国という3地域からの主に米国の債券に対する投資が、米国の経常赤字のファイナンスを支えている。2007年時点との比較では、今回は2011年第3・四半期以降、日本国内での資金運用難などを背景に、日本から米国への資金流入のパイプが太くなっている点が特徴的である。

第二に、英国を中心とするマネーフローの動向を見ると、英国から日本に対する巨額の資金流入(2012年第1・四半期のネットベースでは年率換算で8365億ドル)が確認できる。英国資本による対日投資の内訳を見ると、そのほとんどがわが国の債券市場(同7857億ドル)に流入している。

第三に、米国から出入りする資金は両建てで高水準に達している。2007年当時同様、海外資本による対米投資が債券投資中心であるのに対して、米国の対外投資は株式投資や直接投資のウエイトが相対的に高い。ただし、2011年前半まで、米国資本は、中南米、アジア、オセアニアなどに、株式投資や直接投資という形で大量のリスクマネーを供給してきたが、足下では「リスクオフ」の動きが顕在化し、海外の株式を売り越している。

第四に、米国とユーロ圏の間では、2011年前半まで、2007年当時を上回る規模で米国からユーロ圏への資金流入が起きていた。ただし、足下では、米国からユーロ圏への資金流入はやや細っている。

国際金融市場で巨大な地殻変動が起きた場合、グローバルなマネーフローが「逆流」を起こす傾向があることを勘案すると、欧州ソブリン危機の深刻化に伴い警戒すべきは、米国債安、国内債券安、新興国株の下落、ユーロ安の4点であろう。

第一に、日本、アジア、英国などからの米国への資金流入が細れば、「米債券安」のリスクが生じる。第二に、英国から日本への巨額のマネーフローが「逆流」を起こすと、「円債相場の下落(=長期金利の上昇)」が懸念される。第三に、米国資本が「リスクオフ」の動きを強めると、中南米、アジア、オセアニアなどに向けたリスクマネーが収縮し「新興国株の下落」が懸念される。第四に、米国とユーロ圏の間のマネーフローが「逆流」すると「ユーロ安」が進行する可能性がある。

上記の4つのリスクの中で、第三、第四の動きはすでに一部で顕在化している。したがって、今後の最大のリスク要因は、日米両国における長期金利の上昇(=債券相場の下落)に他ならない。すなわち、信用不安が極限に達すると、これまで「安全資産」と思われてきた、米国や日本の国債までもが売り浴びせられる可能性が生じる。この場合、逃避資金は、現金として保有されるか、金を中心とする貴金属の市場に流入し、世界的な金融市場の混乱が過ぎ去るのをじっと身を潜めて待つことになるだろう。

今後、日米両国で長期金利が急上昇(=債券相場が暴落)し、グローバルな金融市場が大混乱に陥るか否かは、欧州ソブリン危機の動向次第であると言っても過言ではない。言い換えれば、政策当局の対応次第である。

具体的には、1)金融システム危機を防止する「安全網(セーフティネット)」の整備、2)各国の「財政主権」に切り込む形での構造改革、3)将来的な「財政統合」まで視野に入れた「欧州共同債」の発行やドイツからの財政移転、などを実現できるか否かが、欧州ソブリン危機の沈静化の鍵を握っているのだ。

*熊谷亮丸氏は、大和総研経済調査部チーフエコノミスト。日本興業銀行(現みずほFG)、興銀証券(現みずほ証券)、メリルリンチ日本証券を経て、2007年に大和総研入社。2002年―2011年、財務省「関税・外国為替等審議会」専門委員。東京大学法学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了。

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