自制できない者たちへの連帯責任
ここのところ、中国は不動産バブルを退治しようとし、アメリカは強欲な金融資本に一定のモラルを求めようとする動きが急です。
市場関係者は、この二つの問題にさんざん懸念を示していたくせに、いざ「桃太郎」が出てくると、悪材料として反応しています。
規制に反対する有力な意見は一通り読みましたが、流動性の供給役としての役割が誇張され過ぎていて、とても高額報酬を正当化できるとは思えません。
なお、経済指標はマチマチ。
景気は踊り場にいるものと判断されます。
香港市場も為替市場も、総じてリスクオフの方向へ進んでいますが、これは過剰なリスクオンの解消と捉えた方が正しく、これくらいの材料でオタオタすること自体が、常日頃から過剰なリスクテイク姿勢であることの証明です。
そもそもダウが10000$を超えてドンドン上昇する方が異常だったということに尽きます。
今年前半、9000$台後半で推移すれば十分なレベルだと考えます。
株価は回復して高額報酬が復活しても、投資に縁のない多くの市民の生活が傷ついたままでいることは現実であり、こうした現状を踏まえれば、ボルカー案を大衆迎合的と切って捨てるのは金融関係者の傲慢です。
実体経済よりも、いち早く回復した市場が、今少し「謹慎」を求められたとしても、それは自制できなかったペナルティとして受け入れざるを得ないでしょう。
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