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January 19, 2015

レーガンとサッチャー

本日は、「Martin Luther King, Jr. Day」でNYは休場ですが、この日を祝日としたのはレーガン政権です。

レーガンの父親はアル中の靴販売員であり、恵まれた家庭とは言えませんでしたが、敬虔な母親の影響もあって宗教心に厚く、人種差別撤廃には積極的。
第2次世界大戦中の日系人の強制収容に対して、謝罪と1人当たり20,000ドルの補償も実現させました。

Index「レーガンとサッチャー: 新自由主義のリーダーシップ (新潮選書)」は、イギリスのジャーナリストであるニコラス・ワプショットが2007年に出版した「レーガンとサッチャー~政治的結婚~」の邦訳です。

二人が新自由主義的な価値観を共有し、1980年代に世界のリーダーシップを担ったことは良く知られていますが、本書によれば議論は時に緊迫し、15歳も年上のレーガンに説教するサッチャーに、辛抱強くレーガンが接した姿が生々しく描かれています。

第二次世界大戦で疲れた英国民は、ドイツ降伏後すぐの選挙でチャーチルをダウニング街から追い出し、より優しく思いやりのある政府を求めました。

「揺りかごから墓場まで」の福祉は英国病と言われた停滞をもたらし、その情けない姿に憤慨した八百屋の娘は奮起し、政治の頂点を目指します。

戦後のアメリカは黄金の50年代を享受し、その余勢を駆ってベトナムにも星条旗を掲げるべく奮闘しましたが、手痛い挫折を経験。

国内ではウォーターゲート事件が発生し、清く正しい政治を求めてカーターが登場しましたが、人権外交は現実の厳しさに対抗できず、イラン大使館員は人質に取られ、アフガニスタンにはソ連が侵攻し、「アメリカは舐められている」の思いが募っていました。

時代の要請もあり、元々の宗主国と植民地には期せずして価値観を共有する二人が現れ、折しも末期的症状に苦しんでいたソ連を崩壊に追い込む強力なタッグともなりました。

東西陣営の対立というシンプルな構図の時代だからこそ、単純明快なメッセージが機能したという見方もありますが、現在との共通点も多々あります。

レーガンは直接銃で撃たれ、サッチャーは泊まったホテルがIRAの爆弾で焼け出されるなど、テロの恐怖を身をもって体験しました。

また、ポーランド情勢に絡んで対ソ経済制裁を実施し、それが西側企業にもダメージをもたらして悩む姿は、今の欧州とロシアの関係にも通じる部分があります。

過激な労働争議と戦い、自立と責任を要求した二人は、弱者への視線が不足しているとの批判もありますが、両者合わせて20年近くも大衆から支持された理由と背景を、今一度振り返ることは有意義です。

日本の場合、レーガノミクスよりはサッチャリズムが必要とされる時期が近そうです。

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