5分で振り返るポンドの歴史(2018年改訂)
この広大なる大英帝国も、20世紀前半の二度の世界大戦で弱体化。
ドイツとの戦争で疲弊した英国民は癒しを求め、終戦と同時に戦争の英雄チャーチルを政権から追い出して、「ゆりかごから墓場まで」を合い言葉に福祉政策の充実に舵を切りました。
労働者の権利は保護され、基幹産業は国有化。
働く意欲は失われて産業は非効率となり、60~70年代の英国は、労使紛争の多発と経済不振のため、「ヨーロッパの病人(Sick man of Europe)」と呼ばれました。
ロールスロイスもジャガーもこの時期に国有化され、現在ではロールスロイス車は独BMW傘下、ジャガーはインドのタタ・モーターズ傘下です。
何しろ病人の通貨ですから、1970年代前半のポンド/ドルは、2.6→1.6と、4割も安くなりました。
質素倹約と勤勉をモットーに育った雑貨屋の娘サッチャーは、落ちぶれた帝国の姿に奮起。
「私が戦わなかった日は1日も無い」と猛烈に働き、79年に政権の座に着くと、「働かざる者食うべからず」を旗印(?)に、自己責任、自助努力に基づいた改革に乗り出します。
しかしながら、国有企業の民営化、財政支出削減等は失業率を高め、労働組合から強力な反発を受けました。
とりわけ84~85年にかけての炭鉱ストライキは、さながら内戦のような様相を強めましたが、82年のフォークランド紛争に勝利したサッチャー人気は高く、過激な組合運動は国民の支持を得られずに敗北します。
この頃のアメリカはベトナム戦争後のインフレが長引き、80年代前半のFFレートは最大で19%と、二桁が当たり前の状態でした。
世界の通貨はドルに引き寄せられ、80~85年の5年間でドル円は200→260円と3割円安、ポンド/ドルは2.4→1.2で5割引と、両通貨は激安となりました。
高いドルに手を焼いたアメリカは、英・独・仏・日の蔵相をプラザホテルに呼びつけ(当時はG5)、そこから為替は反転します。
ポンド/ドルは、85年の1.1から、5年後の90年には2.0近辺へ、ドル円は260円から130円へと、どちらも概ね2倍になりました。
誇り高きサッチャーは、そもそもユーロ加盟に大反対で、ユーロ導入準備のために発足した欧州為替相場メカニズム(ERM)への加盟も認めませんでしたが、彼女が退陣する90年、イギリスはERM加盟を決定します。
ERMは各通貨の変動幅を制限していたため、ポンドはドイツマルクに引っ張り上げられる格好で、92年のポンド/ドルは1.9近辺を維持していました。
そこに目を付けたのがジョージ・ソロス。
92年9月、過大評価されていると見たポンドを売り浴びせます。
9月16日にはイングランド銀行が公定歩合を10%から15%に引き上げて通貨防衛を試みましたが、結局は17日、イギリスポンドはERMを脱退し、変動相場制へと移行します。
9月の1ヶ月だけでポンドドルは2.0→1.7へ下落し、11月には1.5まで売られました。
しかしながら、実力通りに弱くなったポンドによって、イギリス経済は穏やかに回復。
以降のポンド/ドルは、ITバブル崩壊や9.11テロといった景気後退期においても1.4は維持。
リーマンショック後には短期間1.35台がありましたが、間もなく1.4に復帰。
「1.4」はポンドの底値を示す節目として長く機能しているように見えましたが、2016年6月の国民投票で、EU離脱派がまさかの勝利をすると英国の将来は不安視され、ポンドは同年10月に1.19台と1.2さえ割り込みました。
国民投票結果を受けて辞任したデイビッド・キャメロン首相の後を継いだテリーザ・メイ首相は、政権基盤を固めようと、2017年6月に総選挙を実施しましたが、目論見とは反対に議席を13も減らして弱体化。
マーケットは次第に落ち着きを取り戻し、今年前半にはポンド/ドルが節目の1.4を回復したものの、EUとの離脱条件交渉は難航。
国内議会では、離脱派と残留派の双方がメイ首相の「最終案」に納得せずに採決は持ち越し。
来年3月に、いわゆる「合意無き離脱」の可能性が高まり、ポンド/ドルは1.26台まで下落しています。
ちなみに、OECDが試算する英米の購買力平価(2016年)だと、ポンド/ドルは1.44です。
1990年以降のポンド/円のチャート。
リーマンショック前のピークは250円。
地下鉄初乗り料金が1000円(プリペイドカードを使わない場合)になったと、話題になりました。
高い高いと言われるロンドンの物価ですが、今の140円なら、概ね妥当な範囲に入ってきているように感じられます。
地下鉄初乗り料金(ゾーン1、プリペイドカード利用)が2.4ポンド(336円)は日本より高額ですが、1日の上限は6.8ポンド(952円)なので、4回乗れば1回238円、6回乗れば160円です。
ビッグマックは450円で、日本の390円の15%増し程度。
ちなみに、OECDの購買力平価では、1ポンド=147円となっています。
もしイギリスがユーロを利用しているとしたら、更に離脱は困難な作業となりますから、事実上不可能であったと思われます。
もう一度国民投票をすれば、どちらに転ぶか全く分からないほど国論は二分していますが、今のところ、どこかの国のように暴力沙汰に発展していないところは評価できます。
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