July 21, 2016

10分でわかるイギリスの歴史②(名誉革命以降)

1689年の名誉革命は、議会が中心となって、フランスの影響が強いジェームズ2世を追い出し、その娘メアリ2世と、その婿であるウィリアム3世を擁立したクーデターです。

ウィリアム3世はオランダ生まれのプロテスタントであり、フランスとも敵対していましたから、ウィリアム3世の方から積極的に申し入れたとする説もあります。

カトリックの王に懲りたため、今後の王位は、スチュアート家の血を引くプロテスタントということになりました。

ウィリアム3世の死後、王位はメアリ2世の妹のアンが女王になります。

女王アンの治世に、イングランドはヨーロッパでのスペイン継承戦争(1701年~)と北米植民地での戦争(1702年~)に勝ち、ジブラルタルや北アメリカのハドソン湾等の領土の他、アフリカから新大陸スペイン領へ奴隷を送る権益も手にし、海外での大きな基盤を手にしました。

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July 18, 2016

10分でわかるイギリスの歴史①(名誉革命まで)

ブリテン島には、紀元前700年ごろからケルト人が住みついていたとされます。
ケルト人は鉄器を使っていましたので、戦車や馬車を作り、中央アジアの草原からヨーロッパに侵攻してきました。

このケルト人の島に、本格的にローマ帝国が攻め入ったのは、第四代皇帝クラウディウス帝の時(紀元43年)です。

以降、ブリテン島主要部はローマの属州となりますが、次第に北部のスコット族からの攻撃に悩まされ、紀元2世紀、第14代皇帝ハドリアヌスは長城を築きました。

140835677715646303225この長城は17世紀まで軍事的に使用され、現在のイングランドとスコットランドの境界の基礎となりました。

次の第15代皇帝アントニヌスも、更に北方に長城を建設しましたが、4世紀、イタリア半島にゲルマン人が進入してくると、ローマ帝国は東西に分裂。
辺境の地に軍勢を置いておく余裕はなくなり、5世紀には正式にブリタニアを放棄しました。

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January 22, 2015

5分でわかる程度のイエメンの歴史

先日のパリ襲撃テロの犯人が、イエメンのアルカーイダ系組織「アラビア半島のアルカーイダ(Al-Qaeda in the Arabian Peninsula、略称:AQAP)」で訓練を受けていたこともあり、俄にイエメン情勢が注目されています。

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イエメンは16世紀以降、オスマントルコによる支配を受ける時期が長く続いていましたが、スエズ運河の建設が始まった19世紀中頃、その出口に位置するイエメンの権益を英仏が争い、イギリスが南部の港湾都市アデンを掌握した結果、トルコ支配の北、イギリス支配の南という分断が始まりました。

地図上の赤い線が大体の境界で、南と北と言うよりは、東西にも見えますが、ここでは便宜上、北部・南部とします。

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August 18, 2013

3分でわかるエジプト史

Sufinkusエジプトの語源はギリシャ語で「Aigyptos(アイギュプトス)」。
これはホメロス(BC8世紀)などの古い用例でナイル川を表しています。

「エジプトはナイルの賜物」と、著書「歴史」に書いたのは、古代ギリシアの歴史家ヘロドトス(BC5世紀)。

ギリシャ人に賞賛された古代エジプト文明は、BC30年、ローマに征服されますが、東ローマ帝国の弱体化(7世紀頃)により、徐々にイスラム圏の影響下に入ることになり、16世紀にはオスマン帝国の傘下となります。

その後は軍事力を強めた欧州列強のターゲットとなりますが、1799年ナポレオンがエジプトに遠征したことでフランスの影響力が強化。(この時発見されたのが大英博物館にあるロゼッタストーン)
1869年にはフランスのレセップスを中心にスエズ運河が開通されます。

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